八島紀子のカウンセリングを始めて一週間。
彼女の「闇」を拭ったとはとても言えなかった。
拭うどころかその「闇」の正体すらも私は知らなかった。
「今日も、お願いします」
幾分か整理ができた私の部屋に、私と、私の患者が向き合って座っていた。
初めて彼女がこの部屋に訪れた日から毎日カウンセリングをしている。
しかし、彼女は毎日訪れているにも関わらず、何も話そうとはしなかった。
私の質問はいつもはぐらかされ、話が逸れていく。
「先生は、何故カウンセラーを?」
「いや、そんなことより、君の闇について教えてくれないか?」
私のいつもの質問を彼女は相手にしようとはせずに私の目を見据える。
はぁ・・・。
溜め息が漏れる。
毎日この調子だ。
私が今まで診てきた患者の中で一番と言っていいほどやりにくい。
だからといって投げ出すわけにもいかないので、ほとほと困っていた。
しょうがない。
患者は自分を診る医者を信頼しない限り、自分のことは話さないものだろう。
そう割り切ってここ一週間自分自身の話をしてきた。
しかし、今日は違った。
この質問には答えたくなかった。
何故なら、誰しもが持っている心の深く暗い部分、彼女の言葉を借りるならば「闇」の部分がそれにあたるからだ。
やはり、自分の闇には誰にも触れさせたくはない。
他人の闇を診察するカウンセラーの台詞ではないが、私はカウンセラー以前に、一人の人間だ。
「それは・・・・言えない」
ブラインドを閉めているため、部屋は薄暗い。
彼女の黒髪が薄暗さに溶け込む。
私を見つめる彼女の眼は私の心を見透かそうとしているようで恐かった。
しばしの沈黙の間、彼女は私をじっと見つめていた。
無表情の裏に何を考えているのかは解らないが、いい気分はしなかった。
「先生も、闇を抱えているのですか?」
薄暗い部屋を彼女の言葉は漂い、消える。
「・・・・そうだ」
わたしの呟きにも似た返答に彼女の無表情は崩れた。
しかし、それは同類を見つけた安堵などでは決してなく、嘲りとまではいかないまでも、私を哀れに思った顔だった。
「違います。先生は闇を抱えているのではなく、闇に呑まれそうなんです」
彼女の言葉は私の周りをくるりと回り、薄暗さに消えた。