一瞬、意味が解らなかった。
彼女は「闇」を抱えていると言う。
言葉の意味は解っても、彼女の真意まではとても解らなかった。
「闇・・・?」
ポツリと呟くように発した言葉に彼女は答える。
「はい、私の抱えているものは紛れも無い、闇です」
そう言った彼女に黒い影が覆いかぶさるように見えたのは私の幻覚だろうか。
私の目は、「闇」なるものの存在を捉えた気がした。
闇。
最初、彼女の言う「闇」とは何のことか解らなかったが、要は心の中の暗い部分ということだろうか。
誰しもが心の暗い部分を持っているだろう。
しかし大抵の人間はそれを隠しながら生きている。
心の暗い部分を殻で覆い隠し、「自分」を創りあげている。
心の隅から隅までを人にさらけ出して生きている人間は滅多にいるものではない。
しかし、その暗い部分を隠しきれず、それに呑み込まれそうになる人間も、いる。
八島紀子はそういう人間なのだろう、そう判断した。
「闇、とは過去の出来事に起因するものか?」
「はい、しかしそれは過去であり、私の現在でもあるのです」
「現在までも引きずっている、と?」
「引きずっているのではありません。抱えているのです」
彼女は「抱えている」という表現にこだわった。
当時の私にはその言葉が大した意味を持っているようには感じられなかったが、今となってはそれは私の胸に大きな波紋となって響いてくる。